女性史研究の第一人者である <女性・研究・社会>
高群逸枝は、1938年に『母系制の研究』を著し、日本に母系制が存在したことを論証しようとした。
第二次世界大戦後には、48年に井上清がマルクス主義歴史学の理論と戦前からの研究成果を踏まえて、初めて女性史の通史『日本女性史』を書いた。
このなかで、社会発展の各段階における庶民女性の地位や労働を明らかにし、女性の抑圧の原因を階級支配に求め、社会変革による女性解放の実現を展望した。
1970年代になると、このような女性史の方法について批判的見解が現れた。
その第一として、村上信彦は井上の女性史の一面性をつき、解放とは無縁のところで「耐えて」生きる女性の生活史を提唱した。
同じころ、聞き書きや証言をもとにする「地域女性史」や「底辺女性史」が各地でつくられ、女性史の新しい流れとなった。
第二は、前近代女性史研究の進展により、古代・中世・近世の婚姻・家族、女性の労働や売買春について実証研究の成果が生まれ、高群・井上の研究が乗り越えられた。第三は水田珠枝の『女性解放思想の歩み』の提言である。
水田は、女性への抑圧には階級差別と性差別の二重の差別があること、これを制度化するものが家父長制であることを指摘し、性差別の克服が女性史の課題であるとした。
1980年代からの女性史は、女性学との交流を深めながら性差別の構造、性別役割の変遷をその課題の一つとして取り組むことになった。
そして性差別、性別役割が近代において逆に強化されることから、近代と近代国民国家を女性の視点から問い直すことが行われるようになった。
90年代に入ると、ジェンダーという概念が女性史研究にも取り入れられ、新たな女性史像が描かれようとしている。
第二次世界大戦後には、48年に井上清がマルクス主義歴史学の理論と戦前からの研究成果を踏まえて、初めて女性史の通史『日本女性史』を書いた。
このなかで、社会発展の各段階における庶民女性の地位や労働を明らかにし、女性の抑圧の原因を階級支配に求め、社会変革による女性解放の実現を展望した。
1970年代になると、このような女性史の方法について批判的見解が現れた。
その第一として、村上信彦は井上の女性史の一面性をつき、解放とは無縁のところで「耐えて」生きる女性の生活史を提唱した。
同じころ、聞き書きや証言をもとにする「地域女性史」や「底辺女性史」が各地でつくられ、女性史の新しい流れとなった。
第二は、前近代女性史研究の進展により、古代・中世・近世の婚姻・家族、女性の労働や売買春について実証研究の成果が生まれ、高群・井上の研究が乗り越えられた。第三は水田珠枝の『女性解放思想の歩み』の提言である。
水田は、女性への抑圧には階級差別と性差別の二重の差別があること、これを制度化するものが家父長制であることを指摘し、性差別の克服が女性史の課題であるとした。
1980年代からの女性史は、女性学との交流を深めながら性差別の構造、性別役割の変遷をその課題の一つとして取り組むことになった。
そして性差別、性別役割が近代において逆に強化されることから、近代と近代国民国家を女性の視点から問い直すことが行われるようになった。
90年代に入ると、ジェンダーという概念が女性史研究にも取り入れられ、新たな女性史像が描かれようとしている。
update:2010年02月23日
